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5話 埋まることのない亀裂

Penulis: 日蔭スミレ
2025-03-14 14:30:25

「……でも」

 ようやく出た言葉はたった一言。イグナーツは更に眉根に寄せた。

「言い訳か? 恥さらしが。おまえは何の為に生きている? 誰に拾われて生かされたんだ」

 続けて言われた言葉に、キルシュは一瞬目を瞠るが、すぐに俯いた。

 きっと分かってくれない。聞いてくれる訳がない。たったこの一言で悟る事ができたからだ。

 〝誰に拾われて生かされた〟これを言われてしまえば、もうおしまいだ。

 自分には、何も言う権利も持ち上がらせていないという事だ。

 悔しくてやるせなくて堪らない。どうしてこうも……何も言わせないようにするのだ。

 たちまちキルシュの若苗色の瞳には分厚い水膜が張り、それはみるみるうちに水流となって頬を滑り落ちる。

「ごめんなさい」

 俯けば、ポタポタと熱い雫が落ちてきた。義理とは言え兄だと思い、大切に思ってきた。

 昔は優しかった。怖い夢を見て夜中に起きてしまい眠れなくなった夜、一緒に寝てくれた事もあったし、転んで泣いてしまったら、抱き締めて慰めてくれた事もあった。

『……大丈夫だ、キルシュ。俺がいる』

 同じベッドの中、名前で呼んでくれた。抱き締めて背を撫でてくれた。涼やかな双眸を細めて、穏やかに笑んでくれた。

 けれど、そんな優しい兄はもういないのだ。

 キルシュは溢れ落ちる涙を拭い、肩で呼吸する。嗚咽が絡んで苦しい。

 心がひどくヒリヒリとした。しかし、気を緩められない。気を緩めて、感情に飲み込まれてしまえば、具象の花が芽吹いてしまう。

 そうしたら、もっとひどい叱責をされるのは分かっていた。

 これ以上叱られるのだって癪だった。

 なるべく思考に感情に飲み込まれぬよう、呼吸を整えていれば、ふと一つの疑念が過った。

 ……兄が変わったのは、婚約の破綻のあったあの日。

 具象の花をあげた事は、空気が読めない自分が悪かったと思うが、ここまで何年も引きずり冷淡にする程なのだろうかと思う。

 本当に、私は全てが悪いのか?

 本当に私は許されないような事をしたのか?

 私は生きる価値も無い程に落ちぶれているのだろうか?

 初めて義兄に対して、冷ややかな憎悪が芽生えそうになり、キルシュは震える唇を血が滲む程に噛みしめた。

 落ちつけ。落ちつけ……と、肩で呼吸し、溺れるように潤った瞳でイグナーツを見ると、彼も手を止めてキルシュの方を向いていた。

「落ちついたか? 泣いて時間を無駄にしやがって」

 ──どうしようもなく落ちこぼれた愚昧を持った。

 続けてぶつけられたのは、やはり冷淡な言葉だった。途端にキルシュの怒りは破裂した。

「……もういい、話にならないわ! 兄様なんか嫌い、大嫌いよ! だから花嫁にも逃げられるのよ。私、あの時の事を沢山謝ったのに。何度も何度も謝ったのに、いつまでも根に持ってるんでしょう。いい大人の癖に馬鹿みたいじゃない!」

 もはやここまで言ってしまうと、抱え込んだ言葉は止まらなかった。

 否、溜め込んだ感情はまるで濁流のよう。唇から勝手に漏れて止まらない。

 しかし、全てを言い終えた瞬間に、取り替えしの付かない事をしたと思った。きょうだいの仲はもう亀裂が入ったまま戻らないだろうと。

 あの時のよう、仲良くなんてできないだろうと。もう出してしまった言葉は弁解の余地もない。

 一時の感情で言いたい放題言ってしまった。未練が無く言った筈なのに、内心では僅かな未練が燻っている。言うんじゃなかった。そう思っても何もかもが遅い。

 無情にも静かな空気が流れていた。キルシュは呆然とイグナーツを見る。

 顎の下で腕を組み、イグナーツは深く息をつく。

「そうか、まぁ……そうだろうな」

 おまえの言う通りだ。と彼は静かに言う。しかし言葉は先程のように冷淡なものではなく、以前の義兄を思い出させるような、少しだけ感情が見えるものだった。

 自嘲しているのか、キルシュに呆れているのか不明だった。

 だが、ひどく呆れた調子だった。しかし、その表情は普段と変わらぬ無表情で……何の感情も読み取れない。

 ほぅ。と小さな息をつくと、イグナーツは、再び書類に向かい合う。

「もういい。退席しろ」

 淡々と彼は命じる。

「はい」と短く答える返事は、自分でも驚く程に震えていた。

 キルシュは兄に目をくれずに執務室出た。

 ***

 執務室を出ていると、キルシュはその場から逃げるように廊下を走り階段を駆け上った。

 すれ違う使用人たちは驚いた顔をするが、その場で礼をする。

 涙で濡れたままの顔、握りしめた手のひらから具象の花が芽吹き、キルシュの歩んだ廊下には具象の花びらが散らかった。

 そうして、自分の部屋に着くと、荒々しくドアを開く。

 短い距離なのに、息はゼイゼイと切れて吐き気と頭痛が同時に押し寄せてきた。

「どうして私……あんな事を言っちゃったの」

 こめかみを揉んでキルシュは首を横に振る。

 確かに、頭に来た。理不尽だと思い続けていた。

 けれど……優しかった兄を忘れられない自分がいて。

 部屋の扉を閉めると、力が一気に抜けてしまった。

 キルシュは扉に背を預け、その場にヘタリと座り込み、一頻り泣き続けた。

  

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